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花陰(1997年)
伝統工芸の漆をアートへと昇華させる、情熱と喜び
〜 並木恒延
「自然を壊さず単純化する。そして風景をそのまま漆で置き換えたいのです」。 東京藝術大学大学院漆芸講座終了、日展での特選、内閣総理大臣賞など数々の賞を受賞し、現在は日展の評議員を務める並木恒延氏。そもそも、幼い頃より描いたり作ったりという遊びが好きで、小学校5年生の際にはすでに「絵描きになる!」と決めていたという。
学生時代には絵画だけでなく、さまざまな世界に触れている。「焼物の制作を体験するため40日間、九州に滞在した経験もあります。そこで、“物作りの基準”のようなものを覚えました。これは貴重な体験でした」。
そして、現在の創作活動の源である輪島の漆工芸。「1ヶ月間滞在しましたが、しっかりと徒弟制度が残っていましたね。朝6時に起床、床の拭き掃除から始まりました。小さな仕事を与えられるなか、職人の方々の技術をはたから見ていましたが、やはりヘラで塗るすごさには驚きました」。
その伝統の技に関心し、漆の質感の魅力にひかれた並木氏だが、一方、アーティストとして自らのやりたいことと照らし合わせたときに、かすかな疑念が沸いたという。「伝統工芸としての漆は、文様の域を出ません。そうではなく、私は漆をデッサンとして、写実的に扱いたかったのです。私にあのヘラ使いはできませんが、輪島の蒔絵師には私の作品の作り方がわからないようです(笑)」。
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桜花(2008年)
日本人の心に馴染む、桜の絵が象徴するもの
〜 加藤 晋
「幼い頃に書いたいたずら描きを、ふたりの叔父がよくほめてくれました。ま、おだてられたんですね(笑)」。加藤栄三・東一、ふたりの日本画家を叔父に持つという、芸術家の家系に生まれたのが加藤晋氏。幼少の頃は理科が好きで、考古学者になりたいと思っていたが、高校生のとき、栄三氏が他界したのをきっかけに絵描きになると決心する。
「ただ、その頃は完全にうぬぼれていました。実社会に出て、自分の背の高さがよくわかりました」。日展の会場に様々な作品が並ぶなか、自分の作品が一番ひどく見えたという。「慣れ親しんだ学校や自宅のアトリエを出て、改めて他者と比較されてはじめてわかったのです、自分の実力が。とにかく、すべてがダメだと思うと同時に、何かしなくちゃいけない! という思いに駆られました」。
それからの努力を経て思うのは、“本当の失敗は、失敗から何も学ばないこと”。「絵は、上手くなるわけではなく、下手にならなくなるのです。それはビジネスマンのような成功のビジョンではなく、反省や失敗の経験が重要だからではないでしょうか。だから、年を経れば必ずいい絵が描けるわけでなく、実際に学生の頃の絵でもハッとするような作品があります」
和のモチーフにひかれる加藤氏だが、その人となりはこんなひと言に表れている。「きれいですね、と100回言われるより、この絵がほしいと1回言われたい」。
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